☆追い込まれて署名した退職届の有効性☆

この4月に入社したが、業務中に受けたケガのために1か月もたたず4月末日付の退職に追い込まれた保育士から相談があった。

 

入社早々の保育業務中に受けた腕のケガが当初思ったより重篤であった。

安静必要との診断書を提出のうえでの自宅療養中に労災申請や病気休業について上司に電話で相談したところ、園長からお話があるといわれ5月の大型連休に入る直前の4月28日に職場へ出頭することになった。

 

案内された会議室には、園長、副園長、事務長に加えて保育園の運営主体の責任者も出席し緊張している雰囲気であった。

園長からは、あると思っていた休業や労災申請手続きの話ではなく、唐突に相談者の職務態度の問題点を指摘され、相談者が返答にとまどっていると、ようやくケガの話題に移り、いきなり「いつから復職できるか」との話となった。

 

相談者は、まだ検査中で確定的な診断がつかない状態だと説明すると、それでは園は困る、保育園は現場の職場なのでケガが直らない状態では働かせる部署がない、と言われた。

さらに「いつから現場に戻って働けるのか?」と繰り返し質問されているなかで、相談者が、「腕が直らないということになったら、家族とは退職も考えねばならない」との話もしていると話した。

 

園側は間髪を入れず、「辞めるんですね。」と反応して、「いつにしますか?」、「今月いっぱい?それとも来月いっぱい?」、「引き継ぎが必要な事項はあるのか?」、「勤め始めてからまだ1か月も経過していないのだから、労災は認められるはずはないし、来月まで延ばしても休業補償給付金はでないだろう」、「明後日(4月30日)の今月末がいい」など、相談者が口を差し挟む隙を与えない状態で、園側の3人が相談者の退職を前提に話を一方的に進めていった。

 

相談者は、「待ってください。持ち帰って家族と相談したい」と何度も口を挟んでも、「試用期間中はいつでお辞めさせることができる」、「いつ退職とするかは園側が決めることだ」などといって、取り合ってくれない。

 

四面楚歌の相談者は、頭が真っ白となり、ここで抵抗しても無駄だ、私の話は何も聴いてもらえない、一刻も早くこの場を離れたい、この場から解放されたい、との一心から園側がその場で作成した「一身上の都合による退職願い」に署名した。

 

どんなに退職届(願い)への署名を迫られても、「持ち帰って家族と相談をしたい」とその場での署名を避けたうえで、早急に専門家へ相談をというのが退職勧奨にかかる労働相談が勧めるセオリーである。

そこには一旦署名をしたら終わりだという前提があるようだ。

 

でもその前提は正しいのだろうか。

対等な市民間の契約関係を規定する民法の規定によれば、自由な意思によらない意思表示は取消すことができる(民法95条、民法96条)。

労働契約関係においても同様である。

 

否、使用者との関係で経済的弱者である労働者保護の立場から一般的な契約関係以上に労働者の自由意志は尊重されなければならない。

本件においても、一旦署名してしまった退職願いではあるが、その有効性は法的には十分に争い得るとアドバイスした。(直井)