初回の団体交渉の場で使用者から予期していなかった事実を指摘され、当該組合員が一瞬沈黙してしまったことがある。
私以外の交渉担当者の機転に助けられなんとかその場をやり過ごすことができたがヒヤリとした。
従業員が1か月後の退職を申し出たところ、日頃から当該従業員を快く思っていなかった使用者が反射的に「明日から会社に来なくていい」と言い返し、後でこれが解雇の言い渡しか否かが争われる事案がある。
中小企業のオーナー経営者や小さなクリニックの院長など労務管理に不慣れな使用者にみられる。
本件もその典型例だと考えた私は、解決への一応のストーリーを頭に描いて団体交渉に臨んだのだ。
しかし、使用者の予期せぬ一言により当初描いていたストーリーに修正を迫られ内心慌てた。
相談時点の事情聴取は、駆け込み訴えを取り扱うユニオンにとって、相談者が話す事実関係を前提にして、使用者との交渉による解決の見通しを相談者に説明し、組合に加入するか否かの判断材料の示すためのものである。
相談者はえてして自分に不都合だと考える情報を積極的には話さない傾向がある。
初対面の相談員に対して全てを正直に話すことを期待するのは無理である。
ほっとユニオンでは、第1回団体交渉に臨む前に一時間ほどかけて直前の打ち合わせをすることにしている。
使用者に対する要求の最終的な確認と事実関係の再確認のためである。
もちろん最初の相談の段階で聴取済みのことである。
ここで事実関係についてあえて再度聴取するのは、いままで言いそびれていた「不都合な事実」を話す機会を与えるという意味もある。
本件についても1時間ほどかけて事実関係の再確認をしたのだが、聴いておくべき「不都合な事実」を聞き漏らしてしまった。
聴き手としての私の未熟さの結果である。
しかし、「不都合な事実」こそ解決へのストーリーを考える上でカギになる重大な事実であることが多い。(直井)
日本郵便で配達などを担当する契約社員3名が、正社員と同じ仕事なのに手当や休暇の制度に格差があるのは労働契約法20条に違反するとして、同社に手当の未払い分計約1500万円の支払いなどを求めた訴訟で、9月14日、東京地裁は一部の手当や休暇について「不合理な差異に当たる」と述べ、同社に計約90万円の支払いを命じた(2017年9月15日「朝日新聞」)。
労働契約法20条は、正社員と契約(有期雇用)社員との間での不合理な待遇差別を禁じた規定です。
民主党政権下の2012年8月の労働契約法改正(2013年施行)によって新設された。
同時に有期雇用社員の無期転換ルール(5年ルール)を定めた18条も新設された。
ともに非正規労働者の労働条件の改善を目指した労働者保護のための画期的な規定といえる。
しかし、法律ができれば即、非正規労働者の労働条件が改善されるほど現実は甘くない。
法律の規定を職場に適用させるには現場の労働者の絶え間ない監視や不当な取り扱いに対する異議申し立てが不可欠です。
しかし、現実には使用者と労働者との間のは圧倒的な力の差がある。
個々の労働者が個別に声を挙げても使用者に圧殺されるのが落ちです。
本来は労働組合の出番なのだが、労働組合に加入する労働者は減少し続けており、組合は弱体化している。
ほとんどの中小企業では労働組合の組織すら存在しない。
労働者保護法の拡充も必要だが、労働者保護法に実行性を持たせるためには職場集団の再生を促す集団(労働組合)法の整備も必要だ。
法律の規定を手がかりとする職場での集団(組合)交渉が事実上期待できない現状から、法律違反を主張して裁判による労働条件の改善を目指すということになるのだろう。
なお、3名の原告は日本郵便内の少数(極小?)組合である郵政産業労働者ユニオンの組合員である。(直井)
ほっとユニオンの団交申入れの手順は以下のとおりです。
使用者との間でトラブルを抱えた相談者が組合加入の手続きをした後、速やかに当該相談者が組合に加入したことを通知するとともに団体交渉を求める書面を会社あてに郵送します。
通常は、通知が届いてから4,5日後に会社の人事労務担当者から電話連絡があり、団交期日や団交場所についての調整が交渉のスタートとなります。
最近の事例ですが、会社の人事労務担当から電話があり、私はいつものように日程調整の話しが始まるのかと思っていたら、お尋ねしたいことがあると、いきなりほっとユニオンに対する質問から話しが始まりました。
社外の組合との団体交渉は経験がないことから上司から確認をするように指示されたとでした。
組合規約を頂けないか、役員名簿を頂けないか、組合員名簿を頂けないかなどなど、と組合についての質問がありました。
私はそれぞれ理由を挙げて特別の理由のない限り使用者には開示しない旨を話しお断りしました。
電話先の担当者は困ったふうだったので、思い直し、法人登記をしていること、法務局で登記情報を得られることを話しました。
担当者はちょっと安堵した様子になり、では調べたうえで、改めて日程調整等の連絡をくれるとのことで電話は終わりました。
法人登記は公的な機関を介して法人の基本的な情報を開示する仕組みです。
このような法人登記をしていることは相手方会社を安心させる効果があるようです。
ほっとユニオンは、駆け込んでくる労働者にとっての安心のユニオンを目指しています。
でも、団体交渉を円滑に進めるためには駆け込んできた労働者のみならず会社にも安心感を持ってもらう必要がある。(直井)
蔓延する違法残業の規制のため、慢性的な人員不足状態にある労働基準監督官の業務の一部を社会保険労務士に委託する案が持ち上がったとき、社労士にそのような役割は期待できないとの声がでた。
「社会保険労務士」=「経営者側」という固定観念があるからです。
この固定観念には理由があります。
大部分の社労士は企業の顧問社労士として企業からの収入で生計を立てているからです。
専ら企業からの収入に頼って生活している社労士に企業を監視する機能は期待できないという理由です。
社労士は企業の方に顔を向けて仕事をしているというのが労働者の一般的な認識です。
「社員を鬱に罹患させる方法」をいう記事をブログで公表し厚生労働大臣から処分された社労士は極端な典型例といえます。
労働相談カフェは労働者支援のためのネットワークとしてユニオン、弁護士、社労士の活動を有機的に結びつける拠点作りを目指しています。
労働相談カフェに所属する社労士は労働者支援の立場から社労士活動をしています。
しかし、正直に言えば、労働者側の仕事だけでは財政的な基盤を確立できず、ボランティア的な活動手法を脱しきれていないのが現状です。
継続的に活動を維持するためにはその活動自体から安定した収入を確保する必要があります。
労働者を支援したいという気持ちだけで続けることには限界があります。
労働相談カフェではカフェでの対面相談の際に1000円の相談料を徴収しています。
真摯な相談に真摯に対応するという覚悟を表すともに、どんなに社会的に意義の活動でも無料では維持できないということをアピールする意味もあります。(直井)